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白鳥徳利が飛ぶ 春日いづみ歌集『塩の行進』を読む

 絵画やキリスト教、その他の題材もポエティックなものが多い印象。その中で社会批評の歌もあり、資本主義やポスト真実に傾く世界、とりわけ日本で、文化の在り方の困難さを歌集を通じて感じた。   星条旗通りを行きぬ米軍の基地の中なる「星条旗新聞社」   紡錘の形に整ふ銀杏の木国会議事堂をじはりと囲む  一首目の批評性は読み取りにくいが、在日米軍基地ではないとあえて星条旗を枕詞に据えることもないだろう。眼目が面白く引用したのだが、在日米軍のさもしさが星条旗を掲げることでまぎらわされているのかもしれない。二首目は暗喩的な歌だが、国会議事堂周囲の銀杏の木が一様に刈り揃えられているのである。権力のまわりに一様な人物を配置してしまう全体主義批判が示唆せれていると読んだ。またじはりというオノマトペが、人知れずに増えゆくようで気味悪さを際立たせている。   フランスの風刺画と日本の川柳といづれが滑稽いづれが皮肉  このような歌も下句のリフレインが何度も問いかけるようになっており、切実感がある。滑稽も皮肉も体制への抵抗様式である。いづれが……と繰り返されており、風刺画も川柳も芸術性はあるが、滑稽で皮肉なだけ国民は苦さを味わっていることになるのだ。   首根つこ巨いなる手に摑まれて津軽海峡一跨ぎせり   庭先の亀甲石の亀二郎 落合直文の幼名に呼ぶ   猫の名の診察券をポケットに猫を紙袋《かんぶくろ》に爪切りに行く  一首目は白秋の〈大きなる手があらはれて昼深し上から卵をつかみけるかも〉の本歌取りで、シュルレアリスム的な趣がある。白秋の本歌取りにより分かる人は、面白く読める。二首目も文学的なモチーフが詠み込まれている。作者の文学経験がのぞける歌は面白く、特に歌人受けするだろう。三首目は山寺の和尚の歌の本歌取りで、紙袋に「かんぶくろ」とルビがあるのが補助線になっている。和尚さんはポンと猫を蹴るが、作中の猫は老体で〈猫年齢換算表に化け猫期ありてわが猫すでに化け猫〉と詠まれるほどだ。老猫への愛が伝わってくる。   北帰行の始まり告ぐる夜のニュース白鳥徳利《どくり》の燗もつく頃   ドイツ語のゼンガーローレ訳すれば「歌手の体はまつたき円柱」   千年の夜毎夜毎を語りあひ語り尽くしし二体の巨仏  西洋的なモチーフと日本的モチーフが混在しているところに詩としての空間的広がりを感じ