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夜から夜へ(30首)

  黒き森 われの頭を囲みて四人の美容師が研修はじむメモ取っている ばちばちと鋏に長き髪まとう切られた髪はばらばらと散る 千円をいれれば店内一斉に動き出したりからくりのよう 理容師の指を刺すわが髪の毛よ潔癖・人間嫌いのわれの 重そうな髪を載せたる男らが鏡の向こうで一列に並ぶ 針葉樹がすべて知ってる「黒き森」冬の羽虫が床屋に迷う 黒き森に酸の雨ふり人間のあたまに森に木枯らしの吹く ボルヘスの銀髪はふわり本に落ちバベルの図書館今日もまぼろし 白髪のやわき髪の毛渦を巻き理髪師はさっとちりとりに掃く 散髪の終われば軽くなるからに歩くたび離陸しそうになるよ  (「gekoの会」vol.9所収)   不死山 養老山と呼ばれし富士のそびえたる浴場に翁背中を流す 死なぬ薬を富士に落としし帝ありき死火山ならず瞑想しおり 四色で富士を描きうる銭湯の還元主義よここちよきかな 石鹸が滑っていった数秒をひきのばしわれはうたなどよめり 五右衛門風呂で目を細めおり釜茹というにはぬるく泡沫のわく 盗人の種は尽きまじわたくしは誰かの時間を盗みているや にごり湯に浸かれば今宵由美かおる小刀ひらひら閃かすらん 風呂桶の響く音のみする夜に姫、武者、盗賊湯けむりのなか 力なきもみ玉が上下しておりぬ隣の椅子も低く唸りて 曇りたる鏡拭えばわれ老いて月涼しくも雲に隠るる  (「Kaen03」所収)   永遠のサイクロン ザンギエフはレスラーなるよストリートファイター2のモヒカン男 平成になってからなりザンギエフが笑顔でコサックダンス踊るは 前進か後退かしか選べないアーケードゲーム闇に光るか 西側の格闘家ばかり飛び道具使うは卑怯ガイルがにくし 副流煙ゲームセンターに充満すもくもくもくもくスモッグ多かりき アーケードスティックをやわき手つきもて男ら握って唐突に夜 「地図になきチェルノブイリ」で「十年間操業していた」石棺を知る 乳牛が青空の下草を食む原発事故で人去りしのちも ザンギエフは英語で叫ぶ「ファイナルアトミックバスター」叫ぶのやめよ 鎌と槌赤き国旗を背負いつつ永遠に回るザンギエフかな  (「kaen1990」所収)

蛙にはなれないニョロボン

 ポケモンの中ではニョロボンが一番好きだ。ニョロボンはおたまじゃくしを模したおたまポケモンで、ニョロモからニョロゾへ、そして、ニョロゾにみずのいしを与えるとニョロボンに進化する。進化しても蛙になるわけではなくおたまポケモンだ。ニョロモはおたまじゃくしの尾鰭があるが、ニョロゾになると尾鰭はなくなり、脚も伸びて、安定して二足歩行できるようになる。ニョロボンにもなると筋骨隆々になり、格闘家然とした見た目になる。ニョロボンはやる気まんまんといった風貌で、しかも青いボディーに渦模様というシンプルさで、すぐ誰でも書けてしまいそうだが、書ける人は少ない。なぜならニョロモとニョロゾとは渦の方向が逆だからだ。また、いくら進化してもおたまじゃくしから脱することができないというのも切ないような、もはや蛙を超えているおたまじゃくしというべきか……。レベルが100になったってニョロボンを先頭にして、一緒に旅をしている感覚を楽しんだ。  いま再びニョロボンに惹かれる理由、それはなんとなく苦労人の職人気質に見えてくるからだ。水ポケモンのなかではパッとしないのだが、ニョロゾはある日身体を鍛えれば強くなれるに違いないと考えたのかもしれない。ニョロゾはぼうとしてそうで意外といろいろ考えているのだと思う。そこで日々地道な筋肉トレーニングを積むのだが、鍛えた結果がハイドロポンプを覚えるわけでもなく、筋肉がついて、かくとう属性がついてしまったと物語を想像するとかなしくも面白い。ある日筋骨隆々なったニョロゾは水面に映った自分をみて、別人になってしまったと驚いただろう。筋肉がついてしまったからか渦が逆向きになっている。その日から自分のことをニョロボンと名乗るようになった。もしかしたら自分はまだニョロゾなのではないかとも思いながら。 【参考資料】 ニョロボン おたまポケモン たいしぼうりつは だいたい0%。 ぜんしん きんにくで おもいのでおよぐ ちからが はったつした。 (『ポケモン ムーン』より) ニョロゾ おたまポケモン りくじょうを ねりあるいてエサの むしポケモンを さがす。 たべるのは あんぜんな みずのなか。 (『ポケモン ムーン』より) ニョロモ おたまポケモン まだまだ あるくのが ヘタ。 トレーナーに なったら まいにちあるく くんれんを してあげよう。 (『ポケモン ム

アロエ先輩

 深夜、意味なくテレビのチャンネルを回していると、NHKの「みんなのうた」が流れていた。懐かしくなって見ていると、『僕と魚の物語』という歌がはじまった。この歌は〈僕〉が魚体験機に入ってマグロになる。回遊魚なので止まれば死んでしまうことや、岩という困難にぶつかり傷つきながら獅子奮迅し、最後はお寿司になって食べられてしまうという、子ども向けにしてはシュールで皮肉の効いた歌である。カフカも中島敦ももし耳にすれば驚くに違いない。メロディーも耳につき、ここ数日急に歌が流れてきて何ともいえない気持ちになる。ある日、意図せず曲が脳内で再生されると、短歌でも他の動物になってしまう歌があったなと、次のような歌を想起した。   上流のカジカは優雅にゐるといふドヂヤウの俺の知つたことかい 岩田正『背後の川』   十人に抜かれて一人も抜かざりきいつからこんな良いカメである 坂井修一『青眼白眼』  先述のマグロより変身を楽しみつつ、妙に人間的だ。ドチヤウは柳川鍋があるように江戸っ子であるし、カメはゆったりした動きの中に万年生きる知恵を持っていそうである。私は何になろうかとだんだん楽しい気分になってきた。百キロ近い速度で回遊するマグロは疲れそうだ。鮭は明日の食卓に並ぶので却下。以前、ウェブサイトで前世占いをした際は杉の樹だったが、花粉症なので杉も無理そうだ。そういえば私は自室でアロエを育てていて、もう二十年以上の付き合いになる。アロエになって水を吸い上げ、あの肉厚な葉に蓄え、夏の日を浴びるのは気持ちがいいかもしれない。それに主の火傷を癒すこと程度のことはできる。アロエは相変わらず、水を吸い上げわずかばかりの酸素を発しているが、彼はもう、友人でありアロエ族の先輩だ。 (「かりん」二〇一八・九 所収)

きょうの短歌で遊ぶ

 診断メーカーというウェブページがある。名前を適当に入力すると、日替わりでランダムに何かが表示されるというサイトだ。前世や占いなどなんちゃってな占いや、アニメキャラクターを題材としたものもありツイッターでは有名なものだ。そのなかで「【おみくじ】今日のあなたの短歌」というページがある。ランダムに短歌が表示されるらしい。そこで、本文では今日の短歌をひたすら一首鑑賞していこうと思う。際限がないのでまずは一週間。 2019.2.2   孤独なる姿惜しみて吊し経(へ)し塩鮭も今日ひきおろすかな  宮柊二 #きょうの短歌 https://shindanmaker.com/843295  いきなり宮柊二でハードルが高い。惜しむというのは、大切にするという意味もある。おそらく一尾の塩鮭が吊るされている姿は孤独で哀惜があり、自らの心情と重なるところがあるのだろう。そんな孤独な塩鮭をひきおろすことで、「孤独に浸るのはそろそろやめにするか」と腰を上げるわれを見ることができる。また、友か家族と食べるためにひきおろし、自らは孤独ではないという読み方もあるかもしれない。塩鮭をひきおろすだけの描写だが心の動きが読める歌である。 2019.2.3   ひとはいさ心もしらずふるさとは花ぞ昔の香ににほひける  紀貫之 #きょうの短歌 https://shindanmaker.com/843295  宮柊二から紀貫之と振り幅が大きい。百人一首のなかの一首でもあるため、調べると口語の大げさな現代語訳が多くみられる。嗅覚は記憶に残りやすいとは大衆心理学でよく言われることだが、中国から渡ってきた梅の香りは当時どこにでもあるようなものではなかったかもしれない。中国が当時の最先端の文化であったことから、君の文化的な香りはふるさとに香っているとでもいうようである。 2019.2.4   はてしなきおもひよりほつと起きあがり栗まんじゆうをひとつ喰(たう)べぬ  岡本かの子 #きょうの短歌 https://shindanmaker.com/843295  〈はてしなきおもひ〉が観念的ではあるが、作者がわかっていると仏教的な果てしなさや、情念的なものと考えることもできる。そうした考えから解放されて栗まんじゅうを食べるのだが、栗まんじゅうというちょっとした贅沢な感じや、素朴な質感に現実味があり