まず手にしたときに装丁に驚く。ハードカバーであるがブックカバーはなく、表面は縦に線が入っており少し凹凸がある質感である。三十頁毎に紙の質も異なり、捲ると紙の匂いがする。紙でしかできない、紙の味わいのある一冊だと思った。この拘りがありつつ、派手にはならない様が千葉の歌と重なるように思った。
ゆふぐれをあまたの雁の渡りゆきこゑの日照雨《そばへ》に濡れてゐるなり
部屋にある鈍器のいくつかそのすべてうつくしき本なるかなしみよ
またの世には選ばなかつたピーマンに復讐されるわれのあるかも
どの歌も面白いのだが、一首単位で好きな歌を引用した。一首目は〈ゆふぐれ〉、〈雁〉、〈日照雨〉といかにも歌語らしい単語が三つも入っていながら、雁を直接描写せずに、声の日照雨と表現し、その中に主体が立ちつくしている。美しい景色を詠いつつ、声を経由することで、絵画や写真など視覚的な芸術媒体では表現できないという、非代替性もある。歌集の前半に位置する歌であり、読んでいて高揚した。二首目は読書家あるあるの歌である。三首目は埴谷雄高『死靈』で死後に、いままで食べたものに復讐される場面があり、それを想起した。歌では食べたピーマンではなく、選ばれなかったピーマンである。奇想かつユーモアがある。
ストーブのまへだけがわが領地なる零下十八度のこの朝《あした》
冬のみづに冬のひかりをからませて川は川なる時間を流る
一首目は、著者略歴に北海道出身とあるため、零下十八度というのは北海道であるためと読んだ。日常場面の歌であるが、ストーブのまえだけという限定が却って、空間の広がりを感じさせる。温度の低さについて或る誇りを持ち、朝の潔さがある。二首目は〈冬〉、〈川〉が二つ重ねてあり、下手すると冗長になるが、この歌はぎりぎり踏みとどまり、冬の川そのものの存在感を詠う。虚飾や、その他のイメージや抒情を重ねずに、川そのものに徹するところが真面目である。故郷の歌ということもあるのだろう、自然に対して敬意がある。
上司と部下の主張が混線する午後の事務室わたしは電話ではない
この街の樹に拒まれしひとりなれば樹に触れることすくなくなりぬ
地下鉄が来るたび火事になるこころ「住めば都」なんて噓つぱち
詩情のある歌が多いなか、職場詠はやや俗っぽくなり歌集の幅を生む。一首目は社会人中堅のあるある。ジェネレーションギャップはもはや異文化コミュニケーションであり、サピア=ウォーフの仮説でいうところの、育った環境が異なれば言語も異なる、である。下句の投げやりに言い放つところに気分が出ている。二、三首目は東京に転勤したときの歌。樹は自然の象徴でもあろう。先の歌で自然に親しんでいた主体だが、東京の樹には拒まれているという。東京の樹は主体のみを拒んだのだろうか、もっと一般化された文脈で、人間と対立しているということか、いずれの読み筋もあり得、いずれも包括した読み筋もあり得る。三首目は本音、つぶやきの歌。東京の混沌の一つに地下鉄交通網がある。三次元的に入り乱れ、それが正確な時間で運行しているのは、改めて考えると、狂気じみて複雑な都市設計である。多くの勤め人は内面化し、いやむしろその都市システムに取り込まれている。内面化せず、しかし異様さは理解している状態だと地下鉄が近づくと不穏な気分になるのであろう。
墜落のからだを残しシベリアを目指すたましひだけのかりがね
みづうみの結氷、たぶん死ぬよりも暗いよ目が見えなくなるのつて
患者ならば失明だらう目玉焼きの黄身をナイフで潰してしまひ
死を主題とした歌も多い。かりがねが死に、たましいのみがシベリアを目指しているという歌で、現在の死によって、過去にシベリアを目指したかりがねの生が遡って切実さをもつ。こうした文学的な死の歌は、生の儚い輝きを帯びてよいと思った。一方で、二首目や三首目のように、文学的死を詠おうとしつつ、現実的な死が入り込んできてしまう歌は水と油と感じた。視力を失うことについて二首目のように詠って不用意にならないか、三首目においては、患者を比喩に用いて医学を迂回する必然性はあったのかという疑問が生じてしまう。これらの歌は同じく死や傷病の歌だが、現実的な死の要素が強くなると、読者しても文学からやや距離のある現実的な評価軸をもってしまうということではないだろうか。
ひとり、またひとりと退去するやうに思ひ出せないひとの増えゆく
このように主体に引きつけつつ、忘却と死が混在していると文学性が再び強くなり本歌集の美質を感じる。あとがきによると歌集名の『anchorage』は停泊地、支え・拠りどころという意味で、自らをある場所に固定する力を意識したとある。本文で述べたように、本歌集は、抑制された抒情、端正な文体、程よい私性の露出が魅力だと思うが、この魅力は歌集名に込められた意図とも、冒頭で触れた装丁にも合致している。歌集の主題、歌の特長、装丁が統合されているところに、作家性が象徴されており、千葉の歌人としての気概を感じた。