栗木京子歌集『夢のあとさき』を読む

 帯文に「永井荷風の世界に心惹かれ」とあるように、前半の連作「セイレーン」は永井荷風を題材にしている。戦後八十年を過ぎなお、ロシアによるウクライナ侵攻、ガザ危機、イスラエルとアメリカ合衆国によるイラン攻撃など戦争が絶えない。日本もそれらと無縁ではなく、新たな戦前といわれるほど内政も緊迫している。こうした雰囲気は永井荷風が生きた太平洋戦争勃発前に近く、荷風はまさに現在の日本の雰囲気に合致した作家であろう。

私娼を愛《め》でし荷風のこころに寄りゆけり米川さんは否《いな》みたれども

人格ををみなの中に見ず、されど荷風のゑがくをみなうつくし

リヤカーの水に揺れつついづこまで売られゆきしや和金、琉金

 一首目は詞書に〈私娼を愛し何にか抵抗したといふこころの仕組みやはり愛さず 米川千嘉子『雪岱が描いた夜』〉があり、返歌である。二首目で一首目を補強しており、栗木の荷風観でもある。栗木は三首目のように、「欲しがりません勝つまでは」といった標語が流行った全体主義のなかでも、美を水面下で保持し、またはそれに執した荷風に心を寄せる。一方で米川は娼婦に人格を見出し、売春という事実を踏まえ、荷風が妓楼や娼婦の美を愛したという「こころの仕組み」は理解したが、それを米川は愛することはできないと詠う。二〇二四年に東京藝術大学美術館で開催された「大吉原展 江戸アメイヂング」の賛否両論に似た構図であり、また、真善美の何に重きを置くかという違いともいえよう。改めて三首目を読んでみると、〈和金、琉金〉は女性の比喩である。しかし、実際のところ人身売買であり、社会的階層や戦時下のインフレーションも要因である。荷風の愛でる美は、純粋な美ではない。目を背けているだけで、そこには荷風が忌避したはずの俗な社会と戦争がある。荷風を肯うということは、荷風の伏し目を受け継ぐことにもなるまいか。

順々に兵役につくBTS思へば昭和の乙女の心地す

韓国のアイドルグループBTSにも戦争が影を落とす。BTSのメンバーが兵役で活動休止する際に、「昭和の乙女の心地」がするという。日本における戦前の召集を重ねているのだろう。BTSは召集された若い男、主体はそれを見送る銃後の乙女という構図である。「昭和の乙女」は千人針を縫い、「武運長久」等と言いながら国旗を振ったのだろうが、そうした読みでよいのか戸惑う。推し活の精神性と大政翼賛会を重ね合わせ、推し活に潜む扇動されやすさについて警句を発しているのだろうか。この辺りのいずれかに振れると読みが成立しない感じが、荷風の歌にも通じるところがある。

抗議する役目はやがて母親に押しつけらるるいつの時代も

 報道番組を題材とした時事詠が多いのも本歌集の特徴である。ロシア兵が前線に送られることに対し、母の会が抗議したという歌が前にある。筆者も報道番組で力強く声を上げ、横断幕を持っていた「母」を見たことがある。歌に戻ると、父や息子が戦い、あるいは戦死し、それに母が抗議するという構図であろう。少しフェミニズム批評様に読むと、父は国の持つ家父長制に取り込まれて戦地に否応なく、または能動的に猛々しく赴くが、母親はそれとは異なり生命や人間性、生活に立脚して抗議をするということである。しかし、昨今の戦争とはプロパガンダや、思想戦により、歪められた民意の後ろ盾を得て、「民主」的に意思決定をしている。そこには「母」も含まれるだろう。また、スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ『戦争は女の顔をしていない』(二〇一六・二/岩波書店)にあるように、以前より女性兵士はいる。歌のように思い切って断じることが難しい時代になったのではないか。

2秒後に水に呑まるる若き身は高飛び込みの台を離れつ

水しぶき上げず着水するコツは水の隙間に身を入《い》るること

飛込競技選手の玉井陸斗が二〇二二年のパリオリンピックで銀メダルを獲ったときの歌。二首目は水の隙間という表現が美しく、飛込競技においては水が固体のようであるとされるが、「隙間に身を入るる」はまさに分厚い固体に潜り込む体性感覚が表現できており、納得感がある。この的確さは選手も頷くのではないだろうか。

グンタイアリと名付けられたる哀しさよ蟻より人間の哀しさ

人間の比喩により、グンタイアリの存在が「哀しさ」に汚染されているという歌である。他にも一般的に使う言葉として、最前線や、戦線離脱、全面戦争などがあり、戦争の比喩が日常に溢れている。一般論として人は戦争を忌み嫌うが、そうした比喩は溢れているという逆説的な哀しさが人間にある。

 構成として時事詠が多いため歌集を読む際に、それぞれの事象を思い起こす。読者はそれぞれわかる話題、わからない話題がある。例えば筆者は大谷翔平とオリンピックはわからない。しかしながら、記録性は一定担保している。わからない話題であっても歌であるとなんとなく時代感を感じる。このなんとなくは散文では記録することは難しく、歌で表現すべきものであろう。時事詠は遅すぎると機を逸し、早すぎると俯瞰してみることができない。時事詠にはそうした難しさがあるなかで、本歌集のように時事詠が多い歌集があると、時事詠を作ったり、評したりするときに一つの指針や基準になる。