井出英策・他『ソーシャルワーカー 「身近《みぢか》を革命《かくめい》する人《ひと》たち」』(二〇一九・九/筑摩書房)を読む

  新書はどちらかというと初学者が専門分野を垣間見るためのものだと思っていたが、本書は社会福祉の現場で働くソーシャルワーカーに強く訴えかけてくるものがある。ソーシャルワーカーは、定義はいろいろあるが、それらを踏まえたうえで筆者は社会福祉(に限らず日常でも)の場面で、生理心理社会的な問題を抱えた人に対して相談にのり、福祉的な助言を行ったり、援助過程で地域の専門機関との連携を図ったり、ときに社会システムの変革を社会全体に訴えかけるような職種だと認識している。概ね社会福祉士という国家資格を所有して障碍者施設や高齢者施設、病院に勤務している。一見、介護や医療の問題と経済の問題とバラバラにみえるが、そうでもない。病院の入院や施設の入所は一か月あたり十数万円かかるし、年金も全額納付していなかったり、基礎年金のみだと老後に限らず、何かしらの人生上のトラブルで障碍に見舞われたときに、自らの身体だけではなく経済的な問題や家族問題などが顕在化してくるのである。

 実践の歴史は長いが、社会福祉士は国家資格が法定されてから三十数年しかたっていない。平成が終わりある意味総括の時代で本書は上梓されたのである。本書は特に1.ソーシャルワークの原点と現任者とのギャップ、2.ソーシャルワーカーの国家資格化と本旨のギャップ、そして、3.現医療福祉サービスとケアとのギャップを指摘している。ソーシャルワークの想定している支援もマクロ(対クライアント)・メゾ(対地域、小規模のグループ)・ミクロ(社会全体)と大きく3段階に分かれているので、本書の問題提起とつながっており、ソーシャルワーカーらしい章立てである。

 1.については日本のソーシャルワーカーは多くは医療福祉を業とする営利法人に雇用されている。本書では介護保険法施行以降準市場と化している福祉業界と、診療報酬改定のたびに市場化されていく医療業界と、市場原理に合わない純粋な福祉がアンビバレントな関係であることを指摘する。市場原理から効率性が求められ、施設の稼働率や、退院のスピードばかりに焦点が当たらざるを得ない社会的構造と、それに加担しているソーシャルワーカーがいるということについて問題提起している。原点に返るとソーシャルワークの母であるメアリー・リッチモンドはソーシャルワークとは「人間と社会環境との間を個別に、意識的に調整することを通してパーソナリティを発達させる諸過程からなり立っている」と述べているが、そのお題目が百年経っても達成できていないのである。その後、ソーシャルワークの思想的発達過程で、リッチモンドの理論すら医学モデルでパターナリズム的であるという指摘があり、社会的側面を強調された理論に淘汰されたが、遡るとリッチモンドから何も進んでいないどころか退化しているようである。実際に筆者も実務で心理社会的問題に何も触れられずに、回転寿司のようにソーシャルワーカーの手を素通りしてしまい、解決されない問題に悩む人を見かける。日本にはソーシャルワークをしないソーシャルワーカーが実に多いことだ。

 2.ソーシャルワーカーの国家資格は社会福祉士と精神保健福祉士の2つがある。社会福祉士は多分野に対応できるような共通の基盤を重視し、精神保健福祉士は精神保健分野に特化した資格である。成立過程は本書に詳しいが、要点をかいつまむと、世界的には共通の基盤を重視する流れにある。一方で、日本の国家資格の体系はジェネラリストとしての社会福祉士と、精神保健に特化した精神保健福祉士があり、さらに児童に特化した資格の創設がされるのではないかという検討が国会であることに疑問を呈している。老い、貧困、社会制度、障碍、児童福祉など社会的な問題は不可分のため縦割りだと支援の効率が悪く、本書では極論社会福祉士に一本化し、ジェネラリストとしての機能を果たしたほうが一貫した支援ができ、また世界的潮流にも則しているというのである。例えば入院患者の家族と話していると一つの疾病が、経済基盤を崩し、子の学費や、親の介護などの問題が顕在化するケースがみられる。そうしたときにこの分野はわからないでは済まされない。統合化せずとも実務ベースで共通基盤を強化していくような個々の支援者の自己研鑽への意識が必要だと思う。

 3.については多くは語らないが、病院や施設に入院・入所するのは緊急であったり、情況的に仕方がないなど様々な理由がある。しかし、ホスピタリズムというが、基本的にそうした場所で長時間生活することは人間性を一定程度奪われることを支援者は自覚する必要がある。衣類はレンタルで全員同じものを着ていたり、特にレクリエーションなども提供されずに一日虚空を見つめて終わるような施設もあるだろう。そうした集団生活はパノプティコンの構造にも似ていると思うときがある。

 医療・社会福祉は閉鎖的なシステムに陥りがちである。それを打開するのは本書で紹介されているが、壁を壊すか、批評に晒されることである。なんとなく診てくれているからいいやで済まされていたサービスだが、ホリスティックに有効なのか考える必要があることを教えてくれる。また、ソーシャルワーカーは本書を通じて誰のための支援なのか、どう有効なのか考えるきっかけになるはずだ。