かりん一首鑑賞2020年3月号

  をんな酒ふけて幼魚の汁出でぬぬらりと堕つる冬の底ひに 馬場あき子「かりん」2020年3月号

 「かりん」一首鑑賞三回目にして馬場先生の作品。馬場は北国の厳しい雪の夜に、酒を飲む場面がよく合う。東北にルーツがあるだけではなく、承知のように黒川能との関わりや、民俗学的な関心もあるからであろう。
 引用歌も新潟の厳しい冬の歌である。をんな酒とわざわざ言うのは、男が騒いで酒を飲むのと違い、静かにしんと酒を飲んでいるのだろう。前後の歌を読むと幼魚の汁というのはつまみの幻魚汁のことで、幼魚と書くと幻魚とはまた違った意味が宿る。幻魚は日本海とりわけ新潟でよく食べられている深海魚で、体がゼラチン質に被われているらしい。深海魚なのでグロテスクなのだが、ゼラチン質の体というのが生々しく、そして幻魚から幼魚に言い換えたところで、より存在感が増している。その幼魚を食べているわれはまさに、山姥のような怪しさをもっている。そして冬の底ひに汁が堕つる様は、純粋さ、若さがデカダンスに堕ちてゆく比喩とも読める。
 レトリックではなく、歌のテキスト外のところから、怪しいとも怖いとも表現の付きがたい抒情を幻魚汁から立ち上げるすごい歌だ。

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