かりん一首鑑賞2020年5月号その2

  図書館で借りたる本を読みながら妻が取り組む妊婦体操 熊谷 純

 第一歌集『真夏のシアン』に登場した彼女が妻になり母になるという読者としても、勝手ながら心が動かされる歌だ。引用歌は同連作の<寒風のよぎる速さで売り切れてマスク売り場はがらがらになる>に象徴されるコロナ禍のなかの夫婦の姿だが、妻は生命力にあふれている。他にも新春とはいえ寒そうな気候の歌が連作に編まれているが、家庭内は温かそうだ。逝去した父の歌もあり、溶けていくパフェに抒情が仮託されており、どことなく輪郭が失われていく不安定さを感じたのだが、連作でみると凝っていたものが温かさで溶けだしたと読めなくもない。もしくはその両方なのかもしれないと思うようになってきた。さて再び引用歌に戻ろう。妊婦体操の本を読みながら、実践しているということだと思うが、全く別の本でもよい。図書館という道具立てがグローバルというよりローカル感がでており、妻とこの地で生きていくという気分が伝わってくる。誰かが文学は孤独な営みだとか言っていた気がするが、熊谷の作品を読むと文学は全く孤独ではないと思うのだ。

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