足あとに芽吹きあれ 横川節子著『ナショナルトラストを歩く』(二〇〇三・六/千早書房)

 イギリス、日本、ローカルな街、自然はどこにでも存在している。そしてしていってほしい。月次だがそんな思いは誰しもが抱いているはずなのに消えていく。本書はイギリスのナショナルトラスト運動を取材している著者が具体的なエピソードを交えて、自然と文化の味と、それが失われている現実を読者に伝えるものだ。
 イギリスといえばワーズワースが賛美した自然の美しさと、アイルランドにひろがる草原を想起する。筆者は行ったことはないが、夜たまに目にする「世界の車窓から」でイメージがある。横川は旅を通してスコット人のアイデンティティや、息子にジョージ(農夫)と名付ける農家の誇り、牛が産まれるときの掛け合いからみてとれる自然の無垢な生命感を紹介する。
 一方で、日本のエピソードはイギリスのようなロマンや広大さはなく、鳴き砂が石油の流出やプラスチックで鳴かなくなってきていることや、奈良屋が相続問題で事業継続できず、手を尽くしたが売却されてしまったことなど具体性のある社会問題(文化問題?)を提起している。奈良屋については歴史的な建造物や、それを支える無形文化遺産ともいえる職員の接遇が消えたことになる。跡地がエクシブ箱根離宮になっており、泊まろうと思ったことはないが、勤務先が会員だったりしたこともあり、残念な気持ちが身にしみた。
 時間の経過や商業主義は自然と文化を破壊する方向にベクトルが向いてしまう。エコプラグマティズムや文化開発などのソーシャルデザインを唱えるひとがいても、そのベクトルは強固なものであろう。ゆえに抗う必要があり、ナショナルトラスト運動は強力なツールである。