佐藤春夫著『田園の憂鬱 或は病める薔薇』を読む

 都会の生活に疲れた文士気質の彼が田園に引っ越して、田園の民俗学的な雰囲気の中で生活をするという小説である。住民から二匹の犬を巡って狂犬かと疑われ、危害を加えられそうになり、彼は気に病むのだが、人々の生が積み重なっていく田園の物語に吸収されようとする彼が抵抗しているようでもある。また、棒で打つという折檻の方法までが土着的な暴力性を想起させる。また、作品後半で彼はドッペルゲンガーのように彼の影に出会う。影は現実の彼と比べてどこか軽やかであり、田園に吸収されたシャドーとしての彼と読むこともできる。彼の現実と、田園に積み重なる民俗誌的現実の交錯がみられるが、前者は都会や彼の記憶や業のようなもの、後者は死やスピリチュアルな世界とつながっているように思える。彼の住む家や、その庭に咲いている四季折々の木花など、二つの世界を跨っている事物が作品の中に多く散りばめられている。