手塚治虫原案・桜庭一樹著『火の鳥 大地編』を読む

  手塚治虫『火の鳥』が原案の小説である。小説なので挿絵はないがロックやハムエッグなどのキャラクターが、登場人物にあてがわれており、物語に没頭してくるとキャラクターが生き生きと動くような心象が浮かび上がる。

 『火の鳥』の時間をさかのぼる能力を利用して、日中戦争、日露戦争、原子爆弾投下と近代史が進んでいく。東条英機や石原莞爾などの軍人や、大杉栄や伊藤野枝も出てきて実在の人物の面々と、創作上の人物の掛け合いも楽しめる。さて、歴史が何度も繰り返される裏で、何度も殺される人間も存在する。作中で人間は記憶だといわれるが、火の鳥の力を知っている人間が殺されると、時間を遡って生き返っても、火の鳥に関する記憶が失われるということが物語っている。しかし、火の鳥の記憶をなくした人物は憑き物が落ちたように自らの生を全うする。物語の進行上モブ的な立ち位置になってしまうが、どちらが人間らしいかという問いでもある。『火の鳥』の時間を遡る能力は人類に対して恩寵ではなく、罰なのである。フィクションだが時代考証はしっかりとなされている印象があり、作中人物の心理描写が興味深い。上下巻だが面白く一気に読めてしまう作品。