空穂のライチョウ(豆鳥)

  川越だるま職人四代目の矢嶋美夏の作品「豆鳥」のライチョウをお迎えした。豆鳥は直径五センチ程度の丸い張り子で何とも愛らしい。文庫の上に座を占めておりいつも読書する筆者をみつめている。餌はやったことがないが、文字や文学の類を食すようですこぶる元気だ。鷹や鳶などの外敵もおらず、出ても蜘蛛か紙魚程度で筆者の部屋は安心するのだ。


  親鳥の来て見附けよと翅《はね》伸びぬ雛鳥をおく一つ岩の上に 窪田空穂『鏡葉』


 なぜライチョウにしたかというと空穂の歌を踏まえたからである。上記の歌の雛鳥はライチョウで、空穂が日本アルプスに登山した際に偶然一緒だった学生が雛鳥を連れてきてしまうのである。雛鳥の安全もそうだが、ライチョウを無下に扱うのは不味いだろうということで、目立つところに置いておくのだ。ライチョウは高山植物が豊富な山岳部で、親子同士見失うと鳴き声で呼び合う。引用歌にその後の描写もあり、雛鳥は無事親鳥の元に帰ることができたようだ。このあたりは歌として鑑賞しても面白いし『日本アルプス縦走記』にも書かれている。そんなライチョウの雛鳥を筆者は学生同様に連れてきてしまったことになる。

 ペットは飼い主に似るというが、飼い主もペットに似るのかもしれない。最近、少し臆病になってきた。仕事も若い時のようにバリバリなんでもやるようにならないし、コロナ禍のせいか都内にも出なくなった。さながら高山にひそやかに暮らすライチョウのようである。ライチョウは雷鳥とも書き、一説によると外敵がいない雷の鳴る日に歩くところからくるといわれている。社会という外敵がいない読書や散歩のなかで羽を広げるのである。