エルネスト・アイテル著『風水』を読む

 自然科学、人文・社会科学が混在しているところに風水がある。天と地の位置関係をみることで人間から社会、自然の変化がわかるという考えは、中国の大衆の価値観に浸透している。西洋人が中国に住むようになってからは、都市計画や私的な建築などでも風水を元に可否が決まったり、ときとして市民運動が起こることもあり悩まされたようだ。本書はその西洋人の視点から語られる風水であり、本書は風水の専門書ではない。普段なじみがないひとが、若干懐疑的な視点を伴い読むものである。語り口調が岡倉天心『茶の本』や、新渡戸稲造『武士道』に似ており、オリエンタリズムと直に接した西洋人の戸惑いに同じ土俵で寄り添いつつ、理解を促すという越境的な文体なのだろう。アイテルは風水のことを時に辛辣に書きつつもかなり詳しく、風水好きに違いない。ゆえにわかりやすく書かれている。

 風水は気・理・数・形という視点で構成されている。気は陰と陽からなる生命エネルギーで、形は地形や天文学的な位置関係である。理や数は黄道十二宮・二十四節気など馴染み深いものから、八卦が複雑に配置されている羅盤を指している。前者のほうがダイナミックで楽しいが、アイネルは複雑で、一見八卦の無味乾燥な組み合わせにみえる後者も緻密に説明しており、そこから風水の造詣の深さを窺い知ることができる。

 理や数の内容まで触れると膨大な量になるのでさすがにコンパクトにわかりやすく書くのは難しいだろう。一方で、本書を通読すると気と形をみて風水的な良し悪しはわかるようになる。「天は理想、地はその反映」という節からは運命や宇宙的なはたらきが、地形と紐づけられていることが書かれているし、「青龍と白虎」、「男性的な土地と女性的な土地」の節を読めば土地の気の力動がわかる。さらに「自然の外観と風水」の章は中国の美しい山岳の描写とともに風水的な働きが説明されている。例えば直線的なものは風水では望ましくなく、直線的な河川や道と住居が直接つながるのは避けるべきだという理論は合理的な生活の知恵でもある。河川は霞堤のように蛇行しているだけ氾濫の危険性が低いからだ。また、道路も直線的だと軍用に使われたり、私的生活が外から見られやすく暴漢に狙われやすそうだ。奥まったところに、直線的な道から少し外れて構えるとひっそりと生活が送れそうである。また、住居裏に樹を植えるというのも目隠しや、日光を遮断するなどの利点があるし、入口に池を設置するというのもボウフラが湧きそうだが、気分がいい。

 日本でも風水ブームがあり、風水グッズは多く流通したが、そうした怪しい軽薄な流行は残念なものだ。風水は自然と親和性のある東洋的な発想で、宇宙の理を探ろうとした先人の知恵である。そして、膨大な経験則に裏付けされた生活の知恵でもある。風水的な因果応報は予言の自己成就的な心理学的な要因も否めなないが、それよりも、自然と共に政治や個人史が営まれたきたというところに価値を見出したい。モノクロで小さいが中国の風景画が本書にはところどころ挿入されている。アイネルは風水に対して、自然科学的に不徹底だなどと批判的な見解を示しながら論を展開していったが、中国の風土や大衆に根付いた風水を愛しており、風景画をもってしてその魅力を暗示していたようにも思える。