若山牧水著『みなかみ紀行』を読む

  若山牧水の楽しげな紀行文。草津や四万温泉など温泉旅行が多い。草津は当時から湯揉みをしていたようだ。湯揉みをして熱湯近い湯の温度を下げて、それに浸かることを繰り返すようだが、それでも温度が高く皮膚が軽い火傷で剥けるらしい。気持ちよく湯治しているというから、かなり本気(ガチ)の湯治様式である。幸い牧水はそれはせず、眺めているだけだったが、当時の湯治場(洒落ではない)の熱狂や、代替医療感がよく出ている。酒気帯びで温泉に入ったら危なそうだなと思いながら読んでいた。十代後半から二十歳程度の結社の弟子を連れて、弾丸ツアーをしているので宿もたまに外れを引くようで紀行文としてリアルだ。それにしても宿の不名誉が半永久的に残ってしまっているので、主人にも御愁傷様としか言いようがない。当時だって新聞に掲載されたはずだ。

 歌人の写生文は面白いというのが持論だ。


  三島の宿を出はずれると直ぐ旧道の登りになるのだが、いつの間に改修されたのか、名物の石だたみ道はすっかり石を掘り出して普通の砂利敷道に変っていた。雲助やごまの蠅や関所ぬけやまたは種々のかたき打だの武勇伝などと聯想されがちであったこの名高い関所道も終に旧態を改めねばならなくなったのかと思いながら、長い長い松並木の蔭を登る。山にかかった頃から雲は晴れて、うしろに富士が冴えて来た。

  岩魚が囲炉裡に立ててあったので、それで燗をぐっと熱くして一杯二杯と飲みはじめた。


 現代からすると昔のさらに昔に心寄せする牧水だ。歴史に思いを馳せながら厚みをもたせ、松並木の描写で文章に彩りを加えている。が、そんな風流心のある旅のなか、夕食だけではなく朝食にも自然と酒が並んでいるようで、酒豪っぷりは無自覚に描かれている。飛騨高山は同級生との再開や、詩歌を嗜む芸者のいる庭の美しい料理屋に行くなどさながら竜宮城のような時間を過ごしており、牧水の人脈ゆえのことだが竜宮城は旅のなかにあるのかもしれないと思わされる。「野のなかの滝」では山中で滝や孟宗竹が見えるこじゃれた宿屋に滞在し、川に足を浸し、蜻蛉と戯れたり、川に生じた窪みを面白がったりと自然を満喫している。ビールを飲みながら部屋でくつろぎ、夜の散歩もしている。病気によくないがビールをもう一杯注文したと述べており、病気なのかよと読者もツッコミをいれたくなること必至である。「伊豆紀行」でも結構飲んでいる。冒頭部分が「停車場の食堂の入口で飲み始めたビールが暫てウイスキイに変る頃」である。ペースが上がっており、文章を鑑賞するまえに心配が先立つ。紀行文で旅行気分を味わうのは旅番組と違った面白さがある。牧水の旅番組があれば絶対楽しいだろうが、紀行文で文体や随所に挿入されている短歌を味わうのもいい。