奥村知世歌集『工場』を読む

  奥村知世歌集『工場』は楽しみにしていた歌集である。新人賞の候補作で奥村作品に触れていたが、職場詠が印象的で他の候補作より地に足がついているところにも好感を持っていた。今回は歌集という形でまとまった歌数に触れることになり、また藤島秀憲の的確な解説も相まってより面白く作品を読むことができた。


  女でも背中に腰に汗をかくごまかしきかぬ作業着の色

  「長い毛は縛る」が新たに追加され実験規定の版改まる


 歌集の題名のごとく工場での職場詠が多い。工場は職業選択の潮流と、体力が必要ということで男性が多いことはわかる。そんななかで奥村はおそらく現場で研究開発を担う職を得た。工場内の室温は高温になるようで、漬物を多めに食べるという歌もある。その工場で女性が働くことのギャップを掬い上げた歌がまず目にとまる。工場では流行のファッションやヘアスタイルよりも機能性、安全性がもとめられる。一首目のごまかしきかぬは汗だけではなく、ひとりの職業人として、人間としても誤魔化しがきかないということだろう。二首目も奥村にとっては言わずもがなの規定だろうが、職場の組織としての女性進出への対応が描かれている。職場詠からは自身の職への自負が読みとれる。また、客観的な描写や、機能性が求められる職場からは、特有の社会的な性別のあり方も提示しているようだ。


  たくさんの部品を産んだ金型を終業前に念入りに拭く


 詠われるモチーフは工業製品やその場面が多く、花鳥風月を愛でまくるタイプの歌集ではない。奥村は文明社会のなかにふと顔をだす自然を慈しみ詠うのである。花鳥風月だけが歌ではないと改めて思わされるのは、こうした歌である。金型を母に見立てて労うのは単なる擬人法ではなく、相棒としての金型への親しみや、共感がある。金型を拭くのと同時に自らを労うのである。そんなときに金型は冷たい無機質なものではなく、鼓動しすり減りもする生物めいてくるのである。


  3Lのズボンの裾をまるめ上げマタニティー用作業着とする

  かみさまのレゴのごとくにコンテナは湾岸地区に積み上げられる


 子育ての歌も本歌集の主要なライトモチーフである。奥村はあとがきで仕事も子育ても肉体を使い目の前の具体的なものに行うことと述べている。ゆえに過度な感情移入に陥らず、知的に詠っているのかもしれない。二つの主要なライトモチーフの間にある歌を拾い上げていくと、また重層的に奥村の歌を楽しむことができる。一首目は出産前の歌で、マタニティー用作業着がないなかで3Lを代用品とするという、知恵や逞しさ、そして裾をまるめ上げるという裁って縫う動作に覚悟や力強さを感じる。次の歌は具体的な景色だが遠景ゆえにやや抽象的な歌である。かみさまのレゴという比喩は子どもの影響である。仕事と家庭と短歌を上手くやってのけている、そして常に的確に判断し、知的に歌をつくる。それは確かなのだが、仕事、家庭、短歌それぞれの領域に混じる部分があり、コンテナを見ながらわが子を思うという情感がかみさまのレゴという比喩に潜んでいるのである。

 『工場』という歌集名をみたときになんとシンプルなと思った。昨今の歌集は凝った名前が多く、それも飽和状態な気もするのだが、歌集を読んで奥村の作品に触れると相応しい名だと思った。潔くてカッコいいのである。締めくくりに好きな歌を一首。


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