ローマの亡霊 坂井修一のアルキメデスの歌を概観して

   アルキメデス殺《ごろ》しの紅顔兵卒もわれも沈丁の香にまみれをり 坂井修一『群青層』

 

 作歌時期は章立てによると一九八六年夏から一九八九年春にかけて、あとがきによると坂井はつくばの電子技術総合研究所で研究生活を送っていたころの歌である。社会的弁証法的な主体としては国内では〈霞ヶ関通産新館ビル階段歩み暗然として牧歌調〉、アカデミックな分野では〈アメリカはいまだ羨しきおそろしき白き大足にわれを跨げり〉の歌が目に留まる。このころの坂井は研究者として省庁や海外の研究機関とも関わっていたのだろう。さて、アルキメデスは第二次ポエニ戦争でローマ兵が自宅に入ってきたときに、砂盤に描いた図形のまえで思索しており、ローマ兵が名を聞いたものの答えず、殺されたとされている。引用歌において、アルキメデスは純粋な知の象徴でローマ兵は帝国主義の末端。つまり、知が帝国主義に侵されるという構図である。われはアルキメデスなのかと思いきやローマ兵と同じ沈丁の香にまみれているという。坂井は自身に日本の情報技術の発展、開発において或る権威があることに自覚的で、あえてアルキメデスではなくローマ兵の側に主体を立たせ内省的に詠ったのである。

 

鳴れや鳴れ部屋の留守電、外《と》のチャイム ああ政治家よ†「わが円を踏むな!」 『縄文の森、弥生の花』

   †アルキメデスはこう抗議して兵士に殺された

 

 アルキメデスは『縄文の森、弥生の花』にも詠まれている。実に二十二年越しのアルキメデスで引用歌では戯画的に描かれている。アルキメデスは作中主体、ローマ兵は政治家である。舞台の一場面のようにそれぞれに役が割り当てられており、配役は若干異なるが、『群青層』が観客席側からみた景色だとすれば『縄文の森、弥生の花』は舞台裏もしくは袖のバタバタした感じがある。研究者としても歌人としても責任は増して、社会的立場も高くなる一方、仕事量もそれに応じて増えるようだ。アルキメデスの最期は権力が知を侵害することの最たる出来事であり、風刺劇のように詠う。

 

  甲冑の軋みて寄する朝まだきアルキメデスはコンパスを振る 「かりん」(二〇二三・一〇)

 

 十五年経ったアルキメデスの周囲には甲冑の音が鳴っていた。四〇年弱かけてアルキメデスの最期は徐々にリアリティが増し、とうとうローマ兵の甲冑の音が聞こえてきたのだと思った。現代に鳴り響く甲冑の音はローマ兵の亡霊のようでもあるが、テレビをつければいくつもの“ローマ”が戦争をしており、知らないだけで何人ものアルキメデスが殺されている。連作中に〈カルタゴもローマも文明もつといふ高き文明を野蛮とおもふ〉という歌があり、問題を置き去りのうえの世界経済の発展した末の姿が昨今の世界情勢であることを暗示しているようである。連作ではまだアルキメデスは殺されていない。アルキメデスの死期は世界終末時計のようである。