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かりん一首鑑賞2020年1月号

  寒い朝毛布に潜ったときのよう汚泥に埋もれた鼠の死骸は 川島結佳子「かりん」2020年1月号  二〇二〇年から一か月に一回「かりん」より一首選んで一首鑑賞をしようと思う。一年で十二首と少ないが、地道にこつこつ紹介していきたい。さて、今月は『感傷ストーブ』批評会を控えている川島さんの作品。  二〇一九年は台風・豪雨災害に日本全体が見舞われた。床上浸水や河川の氾濫がのおそれが都市部にリアルに伝わったのは、筆者が生まれて初めてのことではないかと思う。引用歌はそんな年に詠まれた歌である。上句の比喩で鼠の死骸の有様を説明しているのだが、死骸の無残さや被害の憂いといったものではないのが印象的だ。寒い朝というのが爽やかな入りであるし、韻律においても、初句で呼吸を置き、二句目には促音があり軽やかである。寒い朝に毛布に潜るときは仕事に行きたくなかったり二度寝したかったりと言い分はあるが、つまるところ温かいところに身を置きたいのだ。そして丸くなる姿勢と、ライナスの毛布というように毛布の道具だてが幼児退行的でもある。鼠の死骸はそのようなほかほかの状態のようであるという歌であると読める。おそらく、冷え切った鼠の死骸をみて、せめて比喩のなかで温かくしていてほしいという挽歌なのであろう。鼠の悲惨さを直接的に表現するより、弔う気持ちが引き立っているように思える。

七色のシェー 桜川冴子歌集『さくらカフェ本日開店』を読む

 教員生活と大学院生という3足のわらじの生活から、ラボを構え研究者となる時期の歌集。伯母の逝去や母の老いなどとも向き合いながら、水俣も題材にしており、われを起点にテーマが積み重なっている。   カメムシを踏みつぶしたる生徒ゐて花橘の歌までも臭し   「さえこさんと頑張るクラス」他人事のやうであれどもクラス目標   先生と子は呼びかけておもむろにさよならと言う花を抱く背に  カメムシの歌は、花橘の歌もカメムシの臭いがするようだという面白い歌だ。いろいろ和歌で読まれているが、〈五月待つ花橘の香をかげば昔の人の袖の香ぞする よみ人しらず『古今集』『伊勢物語』〉を筆者は最初に想起した。花橘の香をかげばカメムシの香ぞするだと大変滑稽だ。しかし、滑稽なだけではなく、嗅覚は記憶に残る。同じ教室にいる生徒や桜川は花橘の香りと、カメムシが関連づいてしまった。踏まれてしまったカメムシは気の毒だが、カメムシは青春の臭いになった。ちょうどヘラクレスが踏みつぶした蟹が蟹座になったように。生徒は中高生で自我が育っている時期でもある。さえこさんと頑張るクラスの歌は、同じ受験や生活を頑張るという同志の意識で教師と生徒が団結している。お互いの精神的な結びつきが動機づけになっているため、他人事のようではあるが、効果的なクラス目標なのだ。また、三首目は〈花を抱く背に〉とあり、教師の職を退いて、大学へと進むときの歌だろう。さよならの奥には励ましや寂しさなど含蓄があり、それを桜川自身もわかっているという別れの歌だ。〈ことさらに春は苦しい 進めない生徒がありて教師がありぬ〉という歌も収められており、先に述べたように同志という意識が強いように思える。   コークス炉の匂ひだつたか伯母の棲む八幡《やはた》の路地で「シェー」と驚きぬ   盆の夜は網戸より入る鈴の音の 川ん神さまのぼりよらすと  (※川の神様が上っておられるという意味の方言)  土地の歌というのだろうか。個人史と地域史や民俗が交錯した歌も多く収められている。八幡製鉄所の路地はコークスの匂いがたちこめていたのだろう。上のカメムシの歌にもつながるが、嗅覚と記憶の歌でもある。八幡製鉄所はいまも新日鉄として創業されているらしいが、当時の高度経済成長のムードの中で、赤塚不二夫『おそ松くん』のイヤミが行うポーズをとっていたという回想をしている。グーグルで調べれば

日帰りで北海道(十首)

  日帰りで北海道 飛行機のなかにひとりで黙々と茂吉読みたり首疲れたり スマートフォンを〈機内モード〉に切り替えて地上のことはわからなくなる 詞華集のなかで茂吉は急速に老いてゆきたり歯もよわくなる 鮭いくら抱き合っている北海道限定おにぎりコンビニに冷ゆ 新千歳空港で湯気をたてている蟹ラーメンのVサインあわれ 北海道庁舎はわれにささやきぬ「レンガをこつこつ積むことは美し」 噴水にうさぎとふくろう戯れる赤金の固きからだをもって ヒンナとは美味しいの意味百万のヒンナこだます新千歳にて 雑貨屋にならぶ木彫りのふくろうを連れてゆきたし肩に乗せつつ 飛行機の読書灯あわれ蝋燭のひかりで頭頂部を照らしくる

ドームの中の世界(十首)

  ドームの中の世界 城塞のように巻き上げ朝顔はむらさきの国をすべているなり ドラクエのキリキリバッタに生まれたら入れるだろう朝顔の国 親指と人差し指で挟んだら傷むだろうね紅い朝顔 やあやあで麦酒を飲む夜減りゆけりしんしんと口にコーヒー含む 来年の夏には朝顔育てみんむらさきのドームとびきり大きい ドーナツがばらばらこぼれる通勤で一斉下車する新宿駅に スウィッチが入るごときに動き出す新宿につけばわれら機関車 券売機に野口英世の札入れる大盛りカレーの札が出てくる 米粒がにんげんに恨み節をいう『死靈』を思いカレー食みおり あるじ亡き商店の前に一列の自販機ならび同じ顔なり