ひらくと花の寺 大下一真著『鎌倉 花和尚独語』を読む

 大下一真さんにお会いしたのは空穂会が最初で、その後毎年楽しみにしている方代忌でもお世話になっている。鎌倉の瑞泉寺の住職でもあった大下さんは歌人として住職として、来場した方々と話したり、運営側でもあるので準備をしたりとお忙しそうだったが、筆者にも声をかけてくださるのでありがたいと思っていた。話も決まって面白く、筆者に郵送物が届かなかったことがあったときも「駆け落ちしたのかと思った」とおっしゃっていた。
 『鎌倉 花和尚独語』は大下さんのエッセイ集である。四十八編ものエッセイが収められているがどれも面白いなかにありがたさも感じる。まさに大下さんと話しているときの、説法のような小噺のような雑談といった感じなのだ。前半は読売新聞夕刊の「たしなみ」という記事から、後半は「短歌往来」の連載からの収録で見逃したファンにはありがたい。「道場の食事のマナー」は沢庵について言及されている。馬場あき子先生が以前、瑞泉寺の沢庵は美味い、大下一真は料理が上手いとおっしゃっているのを思い出した。岩田正先生もしかり空穂系の男性歌人は料理が上手いひとが多いのだろうか。さて、円覚寺の場合三浦半島の大根農家まで托鉢して、寺で沢庵を漬けるらしい。道場について触れられているときは軽やかな文体だが厳しさも感じる。また瑞泉寺は花の寺でも有名だが、日本の固有種の紫陽花が多く咲いていることや、挿し木で大下さん自身も花を増やしており、それを錬金術と茶目っ気のある呼び方をしたりと、章のどこを切り取っても読みどころがある。エッセイの長さも新聞や雑誌の連載記事なのでそこまで長くなくどんどん読み進められるし、それぞれの章が独立しているので途中で中断でき、リラックスして読めるのも魅力だ。
 瑞泉寺はコロナ禍が終息したら行きたい場所のひとつだ。そのときは夏だろうか冬だろうか、石段を登って花もしかしたら紅葉か、を愛でたい。

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